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コースの歴史

近鉄賢島カンツリークラブのあゆみ

1969年(昭和44年)9月23日開場。
数々の著名なゴルフ場を設計してきた、名匠上田 治が伊勢志摩国立公園の美しい海と横山の緑に囲まれた景勝の地にリアス式海岸を巧みに取り入れて設計されたリゾートコースです。
各ホールは、自然の起伏が生かされ、全体にフラットでフェアウェイの幅も広く、雄大さを感じさせます。
砲台状のグリーン、名物アリソンバンカーが巧みに配された戦略性に富んだコースは、何度でも訪れたくなるでしょう。
全米女子プロゴルフ協会公式戦の「ミズノクラシック~伊勢志摩~」(2006~2014)、「TOTOジャパンクラシック~伊勢志摩~」(2015)の10年連続開催をはじめ三重県オープンゴルフ選手権競技(本選2回1989・2019)、TOYOTAジュニアゴルフワールドカップ(2002)、KGRプロアマトーナメント(2005)などの大きな競技会を開催し、開場50年余りの歴史に、ますます深みが加わったゴルフ場へと進化しております。

コース設計にあたって

海抜最高30メートル、最低13メートル、その高低差17メートルと言えば、
おうよそ想像のつく穏やかな林地で、しかも臨海という好条件の素材だけに、アイディアル・コースを目指し、
環境的にリゾート・コースとしての楽しさと、チャンピオンシップゲームにも適応する
競技場的きびしさとを兼備したコースの実現を念願した次第であります。
対岸の山なみを背景に、英虞湾のリアス美を足下に、潮風の変化にいどむその季、
その日のラウンドの数々は、さぞ印象的なものと思われます。

リゾート・コースの楽しさ、シーフロント・コースの変化を味わっていただければ至上の光栄と存じます。
切にコースの順調な成長を祈上します。

上田 治

略歴

1907年(明治40年)大阪府茨木生まれ。
京都大学農学部で林学・造園学を学ぶ。

チャールズ・ヒュー・アリソン設計の廣野ゴルフ倶楽部造成時に、高畑誠一や伊藤長蔵らの下で助手として働き、本格的にコース設計の世界に入る。

1940年(昭和14年)から1954年(昭和29年)までは、廣野ゴルフ倶楽部の支配人として太平洋戦争によって荒廃したコースをアリソンの原設計で復活させています。

初期の設計作品は、1934年(昭和9年)開場の門司ゴルフ倶楽部、1936年(昭和11年)に信太山ゴルフ場など。
戦後から1950年代及び1960年代にかけてが最も多く、全国津々浦々合計約56コースを遺しています。
コースの特徴は、砲台グリーンのショート、男性的で大胆なレイアウト、アリソンの影響を受けたアリソンバンカーなど。

ハウス設計にあたって

このクラブハウスは、伊勢志摩国立公園の英虞湾に面する景勝地に建設されるので、
自然環境と調和した建築であることが、設計の当初からの根本方針でありました。
特に、屋根の造形を、志摩の風土のイメージに密着した、柔らかみある陰影の深いものとし、
また、室内の床の高さを極力周囲の地形に合わせ、自然と建築とが、一体感を作りだすように努めました。
クラブハウスの中心である、食堂と浴室は、リゾートコースにふさわしい天井の高い、
のびのびとした、健康的な雰囲気の空間とし、ゴルファーが日常の仕事を離れて、
十分に憩い、相互の親睦を図ることのできる快適な場となるように、特に意を注いだのであります。

終わりに、賢島カントリークラブが、
日本有数のリゾートコースとして充実発展されることを、期待しております。

板倉 準三

略歴

1901年(明治34年)5月29日~1969年(昭和44年)9月1日)
東京帝国大学、パリ工業大学卒業。
ル・コルビュジエに師事し、モダニズム建築を実践した。

1937年(昭和12年)のパリ万国博覧会では、日本館の設計を手がけ、日本のなまこ壁を思わせるデザインとモダニズムの理念を統合し、世界でも高い評価を受けた。

主な設計作品:パリ万博日本館、大阪万博電力館、神奈川県立近代美術館、国際文化会館、新宿駅西口広場、岡本太郎記念館ほか

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